dreamlike occurrence.





<7>





「おっそ〜い!どんだけ待たせるんだよ!」
口をとがらせて怒り口調の優だけれど、そのキレイな瞳は笑っていた。
約束していた港の公園。
優が見つけたというその場所は、港に面した、風通しのよい芝生の上だった。

かといって、公園のかなり奥の方なので、人も少なく、街灯も少なかった。
アウトドア用のランプを灯すと、蜂蜜色の光がその場所を柔らかく照らしてくれた。
「友樹っ、18歳おめでとう〜っ」
忘れず持ってきたスパークリングワインで乾杯すると、冷蔵庫でギンギンに冷えていたワインは、ほんのり甘く、気持ちの良いほど喉を潤してくれた。
「紙コップってのが粋だね」
そんなたわいもない話ばかりが続く。
誰も何も聞かない。
でもきっとわかっているはず。優も先輩も・・・

優と先輩が用意してくれた料理もおいしくって、真夏なのに港の潮風が心地よくて、そして隣りにはやっと想いが伝わった愛する人がいて・・・
最高の18歳のバースデーだった。

花火をしようという段階で、ライターのないことに気付き、コンビニに向かった先輩の後を、崎山が追っていった。
きっと、今日の出来事の報告をするんだろう。
そして、おれも・・・優に報告した。
おれの話を、時には真剣に、時には笑いながら、それでも最後はとびっきりの笑顔で祝福してくれた。
その笑顔を見ておれは本の少し後ろめたさを感じた。
おれは、崎山に比べられるのがイヤだといいながら、その実自分と優を比べていた。
そして、どうみてもあいつの好みである優と、どうやってもあいつの好みになれない自分を比べては、無意識に嫉妬していたんだ。
大好きな優にそんな感情を抱くなんて・・・やっぱバカだといわれても仕方ないなぁ。
くったくなく喜んでくれる優に、心の中で何度もあやまった。
「おれもさ、あいつもさ、もっと勇気を出していたら・・・こんなに遠回りすることなかったのにさ!」
照れ隠しに毒づいてみると、優は「友樹ってば・・・」と笑った。
「でも、ふたりには必要な時間だったんだよ。好きかもしれない・・・ぐらいの思いの時に告白して惰性で付き合うより、すっごくすっごく好きで、どうしようもなくなって、気持ちをぶつけ合って伝え合う方が・・・ずっとずっとほんとの恋なんだと思うよ」
港に停泊するクルーザーの明かりを見つめながら語る優の横顔が、何だかとても大人びて見えた。
「崎山さん、素敵な人だから、これから友樹は幸せをたっくさんもらえるよ」
「もらうだけじゃなくて、おれもあいつをそんな気分にさせてやりたい」
言ってしまってから、顔から火を噴くくらい恥ずかしい台詞だって気付いたけれど、優は気にしていないようだった。
というか、何だかすごく遠くを見つめているようで・・・心ここにあらずって感じで・・・
「優だって先輩にたくさん幸せ貰ってるんだろ?それに優だって先輩に―――どうした?」
おれは焦った。かなり焦った。
だって、こんな風にわけもなく涙をこぼす優を・・・見たことがなかったから。
泣いている姿は幾度となく見たことがあるけれど、いつだってそれなりに理由があった。
声も出さず、感情を押し殺して、溢れる涙を止められないだけの理不尽な泣き顔。
何をどう慰めていいのかわからない、自分にもどかしさを感じ、ただ背中を撫でてやった。
「ご、ごめんね。友樹のお誕生日なのにね。想いが成就した大切な日なのにね」
おかしいねって無理に笑いながら、小さなタオルで涙を拭う優を、おれは見ていることしかできなかった。
「何かあった?」
優がこんな風に泣くのは、先輩が絡んでのことしか考えられない。
「何でもないよ!友樹の報告がうれしかっただけ!」
それならさっきのごめんねはどういう意味なんだという台詞を飲み込んだ。
おれの報告に対する嬉し涙だというのなら、泣いてごめんねはおかしいだろ?

そう思いながらも、おれは口にしなかった。
優が声をあげて泣いたのなら、おれはもっと理由を問い詰めたかもしれない。
きっと意識せずに溢れた涙なのだから・・・おれはそっとしておくことに決めた。
そして、先輩と崎山が戻ってきて、小さな花火大会が始まると、おれはすっかりその涙を忘れてしまった。
優もいつも通り、先輩とラブラブ全開だったし、それに・・・・・・
おれも幸せいっぱいだったんだ。
他のことなんて何も考えられないほどに・・・
いちばん最初に思い描いたような、ロマンティックな18歳の誕生日ではなかったけれど、絶対に忘れることのできない誕生日となった。
「おれらもあいつらに負けんように、ラブラブモード全開〜っ」
ふざけたように抱きしめられて、おれは身を捩った。
「暑いって!ひっつくなって!」
そんなやりとりさえ、愛しい時間に変わってゆく。
そう、おれの頭は恥ずかしいほどに崎山のことでいっぱいだった。
そして・・・
おれは、あまりに有頂天になっていて、たった一人の親友の悲しみを、わかっていなかったんだと気付くのは、もっと後のことになる。

〜Fin〜









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